セルフ・コンパッションについて
2012年にアメリカで提唱され、今注目を集める「セルフ・コンパッション」。セルフ・コンパッションとは何か辛いことが起こったときも、ありのままの自分を受け入れて、自分に優しい気持ちを向けることです。それによりストレスを軽減させ、幸福度を高めることができます。
特に日本人は自分に厳しくしなければならないと思っている人が多く、自分に優しくできていません。あなたがあなた自身を大切にしていくために、今日から取り組めるセルフ・コンパッションを知りましょう。
セルフ・コンパッションとは?
セルフ・コンパッションの歴史
セルフ・コンパッションの詳細に入る前に、セルフ・コンパッションが登場した背景や歴史を振り返ってみましょう。
まずはセルフ・コンパッションが登場する前の従来のストレスマネジメント法について見てみましょう。従来のストレスマネジメント方法には「問題解決法」「合理的思考法」「カウンセリング」などがあります。
問題解決法は問題の原因が単純であれば効果的ですが、現実はそんなに単純ではありません。人の好き嫌いといった感情であったり、どうしようもない病気であったりと解決策がないまたは効果的でない場合も多いです。
合理的思考法は自らの思考や感情の根拠や反証となる事実を検証し、考え方を変えていく方法です。例えば、テストの点数が悪く、「自分は頭が悪い」と考えてしまったとします。しかしこの「自分は頭が悪い」ということの根拠や反証を探す、例えばたまたまテストで苦手な範囲が出たから点数が悪かった、他の教科ではよい点数が取れてる、ができれば「自分は頭が悪い」という考えを変えることができます。
しかしそもそも悩みや問題があるときには自己肯定感が下がり、自己批判の感情に支配され、冷静に検証・考え方を変えていくことができません。
カウンセリングは悩みや問題をカウンセラーに相談することですが、相談を受けた直後はその通りに解決に向けた行動を取ることができますが、しばらくすると自己批判・否定により継続することが難しくなります。
このように従来のストレスマネジメントの方法は問題の追求、解決策の継続が難しいという限界があります。さらに、自分でコントロールできない問題には、対応ができません。
そこで、問題そのものに対する自分の考え方や受け止め方を変える発想として仏教が注目されるようになりました。
1960年代に入るとアメリカではベトナム戦争の泥沼化からこの戦争に反対する若者たちによる運動がヒッピームーブメントの始まりとなりました。彼らヒッピーは精神的な成長・幸せを求め、東洋思想に傾倒しその中で仏教の教えが欧米でも注目を集めることになりました。その代表例がスティーブ・ジョブズです。彼が仏教や禅の考え方に強く興味を持っていたことは有名です。
その後、1980年代には瞑想法など仏教に関する科学的な研究が進むことになりました。さらに2010年代に入ると、グーグルやフェイスブックのようなIT企業でマインドフルネス瞑想が取り入れられ、一般にも知られることになりました。
このように仏教由来の考え方や実践方法が欧米において受容される中、2000年代に入り新たにセルフコンパッションという概念が提唱されました。
セルフ・コンパッションの意味
セルフ=自己、コッパッション=思いやりと直訳すれば「自分への思いやり」となります。しかしセルフコンパッションはそれに留まらない意味を持っています。
コンパッションとは「自分と他者の幸せを願うこと」です。チベット仏教のダライ・ラマ14世はコンパッションを「自己と他者の苦しみを感じ、それを取り除こうとする深い関与であり、他者に愛情を示し助けようとすることで、内面的な強さが高まり、恐怖がなくなる」と述べました。
ここで重要なのが、コンパッションは他人だけでなく自分も対象に含むということです。他人のために何かをしようとするならば、まず自分自身が安全で健康でなければ救うことはできません。
セルフ・コンパッション研究の第一人者であるクリスティン・ネフ博士はセルフ・コンパッションとは「困難に直面した時、自分自身の肯定的、否定的側面の療法を優しく理解し受け入れ、その苦しみが人類に共有していることを認識し、感情のバランスを取れる特性」と定義しました。これでは少し分かりづらいですね。セルフ・コンパッションは3つの要素から構成されます。それぞれの要素を見ていきましょう。
1. 自分への優しさ
自分への優しさとは、自分の悪いところだけでなく良いところも思い浮かべ、自分自身に温かく優しい気持ちを向けることです。
例えば難易度の高い仕事でミスをしたとしても、ミスの原因を自分自身のせいと考えるだけでなく、そもそも難易度の高い仕事に挑戦した自分のよいところにも気付き、挑戦を支えてくれた同僚に感謝するとともに優しい感情を自分に向けることです。
自己批判は「こんな自分ではダメだ」や「周りが助けてくれなかった」など自分や他人の苛立ちや怒りを生むのに対して、自分への優しさは感謝や尊敬、安心や安全といったポジティブな感情を生み出します。
2. マインドフルネス
マインドフルネスとはネガティブな感情に振り回されず、今この瞬間の感情や体の感覚に気付きを向け、ありのままを受け入れることです。
何か嫌なことや思い通りにいかないことがあると、不安や恐怖などで頭が混乱して心がネガティブな感情で支配されてしまうという感情への過剰同一化に陥ることがあります。
例えば、パートナーから仕事ばかりで育児を手伝っていないと強く非難されると、それに反応してイライラしてしまいます。また同時に、育児ができない自分をダメに思ってしまう自己批判にもつながります。
こうした感情の支配から逃れるには、生じてくる感情に振り回されないこと、また反応するのではなく、ありのままを受け入れることです。パートナーからの批判は突き詰めると「音」にしか過ぎず、それに反応してるのは「自分の判断」です。
ありのままを受け入れれば、ネガティブな感情に振り回されることはありません。
3. 共通の人間性
共通の人間性とは人間なら誰しもが痛みや苦しみを経験するものであり、それらが「私だけ」にもたらされるものではなく、すべての人に共通する経験だと認識することです。
例えば、職場のある人から嫌われていることがあったとしても、「どうして私だけがこんな目に遭うのか」と自己嫌悪に陥るのではなく、それは人間だからそういうものだと考えます。また自分に対する優しい気持ちを向け、マインドフルネスでありのままに受け入れることができると、その職場の人にも何か事情があったのではないかと他の人への優しさも生まれます。
共通の人間性が認識できると、「みんなそうなんだ、私だけじゃないんだ」「完璧な人はいない」と、他者とつながっている感覚が持て、孤独を感じることは少なくなります。
セルフ・コンパッションと間違いやすい概念
セルフ・コンパッションの意味を理解したところで、セルフ・コンパッションと間違いやすい3つの概念について整理しましょう。
1. 自尊感情
褒められたり、周りと比べて能力が優れていると思うと高まるのが自尊感情(self-esteem)です。例えば、仕事で同期の中で昇進ができた時には、喜びと自信を感じて、自尊感情が高まります。
しかし自尊感情は、他者と比較せずありのままの自分を受け入れるセルフ・コンパッションと異なり、他者からの評価によって左右されるため、揺らぎやすく、維持しづらいです。先の例の逆で、上司から叱責された時には自尊感情は低下してしまいます。また過度に他者依存となってしまい怒りや嫉妬の感情に陥ってしまう可能性もあります。
セルフコンパッションは、自尊感情とは違い、上手く行った時も、上手くいかなかった時も、そこに存在する、自分への労り、優しさの気持ちです。
2. 自己愛
自分を愛する気持ちのことです。自己愛が過剰な場合には、現実以上に自分の能力への評価が高く、自信過剰になってしまいます。
また高い評価を維持するために他人の評価に敏感になり、時には悪い評価には耳を貸さなくなることもあります。
このように、他者と比較した自己評価となっている点がセルフ・コンパッションとは異なる点です。
3. 自己憐憫・甘やかし
失敗続きでもよい、なんの成果を挙げなくてもよいと思ったり、自分に際限なくご褒美をあげることを自己憐憫や甘やかしと呼びます。
セルフ・コンパッションの自分に優しくするということから一般的に想像されるのはこの概念です。
しかしセルフ・コンパッションは、「失敗したとしてもいいんだ」と単に自分を甘やかすのでなく、失敗の中でも自分が頑張ったこと、達成したこと、得られた教訓などよい側面についても悪いところと同様に受け入れます。こうすることにより、「じゃあ次はどうすれば良いだろうか」とそこから自分を改善して成果をあげようとするきっかけを作ります。
セルフ・コンパッションはより前向き・生産的な概念ということに注意しましょう。
セルフ・コンパッションの効果・効用
セルフ・コンパッションを行うことでどのようなよいことが起こるのでしょうか?
セルフ・コンパッションの効果・効用は以下の3つです。
1. 幸福感を高める
セルフ・コンパッションを実践することで幸福感を高めることができます。
幸福感とは人生や夫婦関係、仕事に対する満足感やポジティブな感情です。他者から見た尺度ではなく、あくまで自分が感じる主観的な評価です。
2. ストレスを減少させる
セルフ・コンパッションを行うことで、頭の中にもやもやと浮かんでくる否定的な考えを減少させることができます。
そうすることにより不安、抑うつ、ストレスを減少させることができることが明らかになっています。
3. レジリエンスを高める
レジリエンスとは困難があっても状況を跳ね返し、精神的ダメージから回復できる能力を言います。
生きていく中では困難にみまわれることは避けられません。セルフ・コンパッションはそういった困難があったとしても、そこで心を病まずに、速やかに立ち直ることを助けてくれます。
セルフ・コンパッションの高め方
セルフ・コンパッションについて正しく理解したところで、セルフ・コンパッションの高め方について見ていきましょう。
セルフ・コンパッションは運動トレーニングで筋肉を鍛えることができるように、セルフ・コンパッションのエクササイズを繰り返すことで鍛えることができます。
以下は簡単に取り組めるセルフ・コンパッションの実践ワークです。ぜひ取り組んでみてくださいね。
セルフ・コンパッションのチェックテスト
まずはあなたのセルフ・コンパッション度を診断してみましょう。
以下の特徴に多く当てはまる人ほどセルフ・コンパッション度は低くなります。しかし低くても落ち込むことはありません。これから紹介するトレーニングを実践することでセルフ・コンパッションを高めることができます。
- 心配で物事を何度も確認してしまう
- いつまでもくよくよと悩んでしまう
- 失敗すると無力感でいっぱいになる
- 自分に自信がない
- 失敗した時、孤独感を感じる
ボディスキャン
頭から足先までスキャンするように身体のさまざまな部位に意識を向け、身体感覚を「ありのまま」に感じます。そうしてセルフ・コンパッションの構成要素であるありのままを感じるマインドフルネスを鍛えます。
-座っても寝てもよいので快適な姿勢をとる。目をつぶり、呼吸を行う。呼吸する時に鼻から吸う息と吐く息を感じる。また呼吸の合わせて、膨らんだりしぼんだりするお腹の感覚を感じる。
-続いて足に意識を向ける。意識を徐々に頭に向けて移動させる。体を動かすのではなく、意識を移動させる。頭まで意識が来たら、心臓まで戻る。こうしてあらゆる部位に意識を向ける。その中で、痛みや疲れを感じたら体を労り、ゆっくり休ませる。
- 再度、意識を呼吸とお腹の収縮に戻す。そうして、徐々に手や足の指を動かす。そして徐々に目を開けて、エクササイズを終える。自分の身体感覚に意識を向けることで、心と体の調整がうまくいくようになる。
感情の仕分け
自分の中に生まれた感情を、楽しい、嬉しい、悲しいなどのようにラベル付けしてみましょう。
まずはリラックスした状態で目を閉じて、この一週間で感じた感情を思い出しましょう。
感情に気付き、ありのままの感情を観察します。
5分ほどそれに取り組んだら、その感情を「楽しい」、「嬉しい」、「感謝」、「怒り」、「不安」、「嫉妬」の順に書き出しましょう。こちらも5~10分くらいで簡単でよいです。
例、
①. 楽しい:久々に学生時代の友だちと会えた
②. 嬉しい:ランチで美味しい店を見つけた
③. 感謝:仕事でミスった時Aさんがフォローしてくれた。
④. 怒り:取引先から理不尽なクレームを受けた
⑤.不安:明日から新しい人が異動してくるが仲良くできるか不安
⑥. 嫉妬:同期が上司から褒められていたのがうらやましい
思い出すのが辛い記憶や感情を呼び起こす必要はありません。
このワークを行うことで、もやもやとしていた感情を客観視でき、すっきりと整理できます。
ネガティブな感情も改めて客観視すれば、大したことがないと気付くことも多いと思います。
こうすることで、感情に振り回されることがなく、ありのままの感情を受け入れることができ、心のバランスを養うことができます。
慈悲の瞑想
慈悲とは、仏教の概念で、自分と他人の幸せと苦しみからの解放を願うことです。慈悲は誰しも持っているものですが、意識することはありません。慈悲の瞑想で、慈悲の心を養い、自分や他人に対する温かく優しい気持ちを育みましょう。
慈悲の瞑想はとても簡単です。
- 静かで落ち着いた場所で、ゆっくり優しくていねいに以下のフレーズを繰り返しましょう。形式的なフレーズがしっくりこないようなら、自分にとって心に響く言葉を使ってもよいです。
- 私が幸せでありますように
- 私の願いが叶いますように
- 私が健康でありますように
- 私の悩み苦しみがなくなりますように
- 沸き起こってくる感覚、感情、思考に気付き、優しく受け入れましょう。ステップ1のフレーズを心地が良い感覚で繰り返します。もし気が散ったとしても,ただの思考や感情だと気づいてそこから離れ,またフレーズの繰り返しに戻します。
- 徐々に対象を広げていきます。「私」の次は「私の大切な人」、「好きでも嫌いでもない人」、「嫌いな人」、「生きとし生けるもの」と対象を広げます。すべてを行う必要はありませんが、対象の人や生き物を具体的にはっきりと心に描くようにしましょう。
最初は誘導があった方が実践しやすいと思いますので、YouTubeにある慈悲の瞑想を紹介します。15分でできますので、ぜひやってみてください。(この動画では朝とありますが、どの時間帯でもよいです)
セルフ・コンパッションの日常ルーティン
これらの実践ワークが難しい方には、もっとお手軽にセルフ・コンパッションを日常ルーティンの中に取り入れましょう。
- 寝る前に自分に感謝・プチ瞑想
自分への優しさとして、寝る前に「今日一日頑張ったね」「今日もありがとう」と自分に感謝してはどうでしょう。
- 情報から離れて朝食を食べる
朝食はニュースやスマホを見たりして、気もそぞろになりがちです。少しそれらから距離を置いて、朝食をしっかりと味わいながら、ここに今いるという感覚を感じましょう。
- 入浴中のプチ瞑想
お風呂にゆっくりと浸かりながら、呼吸に集中し、プチ瞑想すると心もスッキリします。
もっと知りたい人におすすめの本
セルフ・コンパッションについてもっと知りたいという方におすすめの本をご紹介します。
セルフ・コンパッション[新訳版]
セルフ・コンパッションの第一人者であるクリスティン・ネフ博士の『セルフ・コンパッション』の原典の新訳版です。旧約版は翻訳がこなれておらず読みづらかったですが、新訳版は改善されています。
セルフ・コンパッションの概要からエクササイズまで含んだ実践的な本です
マインドフルネスを越えて
大変残念なことに絶版となってしまったのですが、とてもよい本なので紹介させていただきます。
瞑想を実践するにあたって、とてもわかり易く具体的なハンドブックです。またその解説も丁寧でわかりやすく書かれているので、しっかりと考えや背景を理解した上で実践もできます。
この記事で紹介した慈悲の瞑想もとても詳しく解説されています。
古本であれば入手可能ですので、Amazonやメルカリで探してみてください。
NHK「100分de名著」ブックス ブッダ 真理のことば
マインドフルネスやセルフ・コンパッションは仏教由来の概念です。仏教というとお経に代表されるように、難解でとっつきにくいイメージがありますが、この本で紹介されている「ダンマパダ」(邦訳「真理のことば」)はブッダの語ったそのままの言葉で、本質をわかりやすく説いてくれます。
仏教というもののイメージががらっと変わり、心の支えになってくれる本です。